Introduction:キャッシュフローコーチ®の紹介

コーチのインタビュー

「笑顔」と「相手より本気で考えること」をコンサルタントとして日々意識しています。

株式会社Fahne 代表取締役
清家巧貴税理士事務所 代表

清家 巧貴 さん

「笑顔とキャッシュ、そして人の循環に関わり、夢が現実になるキッカケ作りと次の夢の創造に関わる」をミッションに、税理士、再生の専門家、キャッシュフローコーチとして、九州各地を走り回る清家さん。

ファシリテーターとして、福岡で多くのキャッシュフローコーチの育成もされています。清家さんの仕事観、独立当初のこと、和仁先生との出会いなどについておうかがいしました。

image
「笑顔」と「相手より本気で考えること」をコンサルタントとして日々意識しています

地元に貢献したい、地方から日本を元気にしたいと、地元の大分県佐伯市に戻って税理士事務所を立ち上げたのが、2011年です。今年で独立してちょうど7年になります。今の仕事としては、税理士事務所、事業再生、キャッシュフローコーチ業務とコンサルタント業務、この三つの柱でやっています。近い将来、地元の漁師さんを束ねる会社を設立・運営して、地元を活性化したいと思っています。

私は仕事をするときには、常に笑顔が大事だと思っています。再生だろうが、いい会社だろうがが、私が笑顔でいくと、喜んでくれる。最初の頃は、再生で行った時には、笑ったらいけないのかと思っていました。再生会社には、お金がなくて給料を遅配したり、払えない会社もある。そういうところは従業員さんの雰囲気も悪い。今月はちゃんと給料日に給料を払ってくれるかと不安なんです。そこに突然普通の税理士と違う私たちが来るわけですから、何かあるなって勘ぐるわけです。そんなところで私が怖い顔をしていると、さらに雰囲気が悪くなるし、本音を話してくれない。だから、私はどんな会社でも必ず笑顔で接してきました。そうすると社長も社員さんも笑顔で挨拶してくれるようになるんです。

photo
「笑顔」
「相手より本気で考える」
を、コンサルタントとして
日々意識しています

もう一つ大切にしているのは、「常に相手より本気に考える」ということ。コンサルタントって、たぶん多くの人はなかなか成功しない。そういう人は、なんか机上だけで考えているのじゃないかとか、相手以上に本当に考えているのかな、と思います。こちらが本気になると、相手も本気になってくれます。私は事務所のスタッフにも、常に「相手より本気に考えろ」と言っています。

具体的に言うと、圧倒的なクイックレスポンス。本当に苦しい会社を相手にしていた時は、深夜でもメールも電話も常にチェックして対応していました。約束したメールが来ないと、「メールがまだ来てないですけれど」って深夜に連絡したこともある。「本当に真剣に考えていますか? 私は本当に待っていますよ」というのを、あえてパフォーマンスでやっていました。これがいいのか悪いのかわからないですが、私は本当に会社に変わってほしいと思いましたし、変わると信じていました。

そして愚直な実践。関わる私が最も真剣に愚直に実践していきました。そうすることによって社長はもちろん 社員さんも愚直に実践してくれました。

もう一つは、相手を気遣うこと。経営者は気遣いをしてほしい、気にしてほしいんだと思います。「何か本当に言えないことがあるんじゃないか」とか、相手を気にかけることが大切なんです。正直なところ、その会社の現状については、経営者の方が絶対に詳しいので、私に答えがあるかないかは、あまり関係ない。ただ、こちらから気にかけていかないと、相手はなかなか行動してくれない。

銀行に対しても、気遣いは大事だと思います。例えば、地方銀行は人事異動が新聞に出ます。私は絶対に新聞の切り抜きをしていて、異動する担当者の方に電話して、「どこそこに異動なんですね。今度遊びに行きます」などと連絡します。それは「お世話になりました」という、感謝の想いを伝えたいからです。そうすると、相手も異動するたびに電話をしてくれたりして、お互いに気遣っています。

養成塾のファシリテーターも同じで、気遣いが大事だと思います。塾生には、やっぱり成果を出していただきたい。それには、相手の成長を考えているという気遣いが一番じゃないかと私は思っています。そのためには、別に何も魔法があるわけではなく、ひたすらストイックに地道なことをするだけです。ファシリテーターにそれができるのは、和仁先生がやっているから、自分たちもやろうと思うのです。和仁先生は、もしかして5つ子じゃないかっていうくらい、Facebookでも全部の投稿に返信するじゃないですか。ファシリテーターは、和仁先生の教えを忠実に再現しているのです。

地元の大分県佐伯市で税理士としてスタートしました

なぜ税理士になられたのですか?

photo
地元の大分県佐伯市で、
税理士としての
人生が始まりました。

税理士になろうと思ったのは大学4年生の時です。親父の大伯父さんが税理士で、そこの跡継ぎになってくれないかという話が出てきまして、そこから税理士を目指そうと思いました。福岡の大学では情報社会政策学部にいて、簿記は知らなかったのですが、そのあと大学院や専門学校へ行って、税理士試験の勉強をはじめました。そして、地元の佐伯に帰って、親戚の税理士事務所に後継者として入りました。

そこでは、記帳代行をして、過去の数字を作る仕事をしていましたが、経営者と話をしても、貢献できている感じが全くなかった。社長を見ても、満足している感じがあんまりないんです。過去の数字を作って、「先月こうでした」とか、「税金はこうでした」という話をするのですが、社長の反応は「だから?」みたいな感じでした。2ヶ月前に終わった決算のことを言っても、もう会社は2ヶ月動いてしまっていますからね。私に特殊な能力があるわけじゃないので、何かお客さんのためにしたいと思っても何もできなかった。この組織を継いで、このまま20年、30年とこの仕事をするのかと思った時に、私の答えは、「継がない」となったのです。親戚の税理士事務所は3年くらいでやめました。

そのあと、大手会計系のコンサルティングファームに入りました。今まで小さい事務所しか知らなかったので、大きなところなら、何か違う経験ができるのではないかと思ったのです。そこでは、私は中小企業を相手にするようなチームに所属して、事業再生に取り組みました。

入ってすぐの頃は、「こんなに自分自身は使えない人間か」って思うぐらい、ものすごく怒られました。文章能力もなかったですし、数字に関しても、今まで過去の数字を一生懸命作ってきたので、 あまり将来の分析をしたことがなかった。将来の計画を作って上司に出しても、何が言いたいのかわからないとか、要点をまとめろ、と言われるのです。再生業務をしていて時間もなかったのですが、上司に「いつまでにできるか」と聞かれて、入ったばかりでわからないから、「頑張ります」という。すると、「頑張る、頑張らないじゃない。できるかできないかを聞いているだけだ。気持ちはいらない」と。今までは小さい事務所で、あまり厳しく言われることもなかったのですが、転職後の会社ではいろいろ厳しく言われました。

「できない」って言うと、仕事をもらえないので、できないという選択肢はない。日付が変わるまで普通に仕事をして、休みなしでめちゃめちゃ働きました。今なら完全にブラック企業だと思います。ただ、私は入社するときに、「いずれ独立して地元に帰ります」と言って、それでも採用してくれたので、寝る間もないくらい働きましたが、頑張り甲斐はありました。

独立当初から仕事に困らなかったのは、銀行との付き合い方を知っていたからです
photo
2011年に独立して税理士事務所を開業しました
事務所のセルフイメージは、旗振り役

大手コンサルティングファームに入って2年ほどたったとき、私の所属していたチームが、東京と合併することになり、ほとんどの人が辞めました。私も辞めて、そこにいた方と一緒に福岡でコンサルティング会社を立ち上げ、同時に地元の大分県佐伯市で税理士事務所を開業しました。

独立したときは、力のあるコンサルティングファームの看板を外しても、金融機関がちゃんと相手にしてくれるだろうか?と不安に思っていました。でも、人間関係をしっかり大事にすれば、やめてもお付き合いをしてくれるというのがわかりました。コンサルティングファームでのお客様の中には、会社との契約をやめて私と契約したいと言ってくれた会社もありました。ありがたかったです。

開業したての頃は、ほとんど私はコンサルタント業務しかやっていませんでした。最初の仕事が、壱岐の島、建設会社の経営改善で、ずっと壱岐の島に行っていたので、税理士事務所はほとんど家内がしていました。家内は前の税理士事務所で一緒に働いていて、経験も長いので、任せられてありがたかったです。税理士事務所は2、3年は家内と二人でやっていて、それから徐々にスタッフを増やしていきました。

独立してから、税務もコンサルも、仕事を紹介してくれたのは、ほとんど九州の地方銀行です。独立時に銀行との付き合い方を知らなかったら、苦労していたかもしれないですね。私は、時間があれば、地元の銀行に営業に行っていました。そこで、支店長とか管理職だけでなく、現場の人にも会います。お客さんと接しているのは、現場の人ですので、仲良くしています。

銀行に行ったら、お客さんの話をしたり、あとは銀行のお困りごとを聞きます。銀行は、自分のお客さんに紹介できる、聞きやすい専門家を持っておきたいんですが、それがなかなかいない。私には聞きやすいらしく、お客さんから何か聞かれて、私に問い合わせの電話がかかってくることも多いです。

地元には大分銀行、豊和銀行、伊予銀行、宮崎太陽銀行、北九州銀行、信用金庫、信用組合等がありますが、私は全部の銀行に口座を開いていますし、請求書を出すとき、振込先欄にはすべての金融機関を記載しています。お客さんのメインの銀行がどこかもわかっているので、メインの銀行に振り込まれるようにします。家内は大変ですよね。通帳記帳とかするのに、何箇所も行かないといけないので。たまにメインの銀行とは違う銀行で振り込まれたりするときもありますし、正直どこに振り込まれるかはわからない。でも、多少効率は悪くても、それは必要なんです。

社長と社員が夢を語り合える世界を作りたくてキャッシュフローコーチになりました

独立して金銭的にあまり苦しくなかったのは、再生業務をやっていたからだと思います。再生業務はスポットですが、計画づくりで200万とか300万とか入るのです。でも体を酷使しました。本当に寝る間もなく働いた感じがあります。スピードが命なので、ずっと走り続けてきました。再生は、スポットで計画作って終わり、計画作って終わり、みたいな感じで、同時並行でいくつも動くことが多い。だから、常に走っていましたね。家族と過ごす時間もほとんどなかったです。

再生業務というのは、簡単に言うと赤字の会社をプラスにして、返済できるようにすること。返済ができない、手形が落ちない、給料を払えない、税金の滞納で差し押さえ、というような会社に入って、どんどん対策を打っていくんです。こんな会社で一番大切なのはスピードです。もちろん売上の施策もどんどん打っていくんですけれども即効性がありません。

再生では、バンクミーティングという会議を開いて、調整しながら全取引銀行の同意をもらうんです。取引行が一行だったらいいですけれども、十行とかあったら、いろんな意見も出てきます。再生では、なかなか右肩上の売り上げは作りづらく、コストカットが基本になってしまう。そうしないと回らないからですね。そうすると不採算部門からの撤退、人員カット、給料カット、無駄な経費の削減というような、即効性のある施策を打っていくことになるんです。

こんな会社はまさしく、安心安全ポジティブじゃなくって、不安で危険でネガティブな雰囲気になっています。経営者と徹夜で、「経費で削れるところはあるかな?」「何かウルトラ C はないかな?」と考えていました。

そんな中で、「社長、本当はこういうふうにはなりたくなかっただろうな」「社員さんも本当は辞めたくなかったんじゃないか」と思うわけです。今はもう考え方が違いますけれども、当時は「このままでは私は何の価値もお客さんに提供できない」と思いました。私の中で、再生は、絶対的な存在である金融機関を納得させるために仕事をしている感じがしたんです。もちろんお客さんが第一です。でも、お客さんだけの考え方だけでは再生できない。

photo
「社長と社員が夢や人生観を語り合える世界」
こんな仕事をしたいと思っている時に、
和仁先生、遠藤先生に出会いました

私にはお客さんと二人三脚で、一緒に夢に向かっていくお手伝いをしたいという思いがありました。夢に向かって行きたいなと思っている時に出会ったのが、和仁先生、遠藤先生でした。社長と社員が夢や人生観を語り合える世界。まさしく私はこんな仕事がしたくて、キャッシュフローコーチ養成塾の東京1期に入学しました。

その中で、セルフイメージも再度考え直し、金額も含めて、あり方が変わりました。今は税理士、再生専門家、税理士事務所経営者、キャッシュフローコーチというセルフイメージを使い分けています。今でも再生もやっているのはなぜかと言うと、いい会社も、ライフサイクルの中で悪くなる時が絶対あると思うんです。そうなった時にもお手伝いできるのであれば、やりがいがあると感じています。

金額面でも変わりました。再生をやっている時は、計画づくりで200万とか300万とかは入ります。その後は月次でモニタリングします。それが、10万、15万になる時もありますが、それほど高額にはならない。キャッシュフローコーチでは今一番高いところは40万円です。そう提案するのに全然壁がなくなりました。顧問先の本業に貢献していると思っていますし、顧問先にもそう言っていただけています。

入口は再生で入って、普通の会社になってから値上げしたところもあります。きついから当初は税務も込みで10万とか15万にしてくださいと言われて、今年になって良くなったので税務10万、コンサル20万に値上げしてくれたところもあります。そうやって再生から入って、ずっと会社が良くなっていくと、行って良かったっていうのはありますね。

photo
協会の仲間とは
互いに刺激しあえるいい関係です

キャッシュフローコーチになって良かったことは、前向きで愉快な多くの仲間と、さまざまな交流の場があることです。私は年に4回ある強化研修会には、1回目からすべて参加していますし、それ以外にも協会の多くのイベントにも出ています。

協会のメンバーとは安心・安全・ポジティブと言う共通の土台があるので、本音で話ができますし、いろいろな分野の専門家と意見交換をすることで、新たな視点に気づかされることも多く、自分の価値観が広がります。

イベントの翌日地元で仕事があるときは、家に帰るのが真夜中の2時、3時になることもありますが、それでも参加するのは、協会の仲間からさまざまな刺激をいただくことが、自分の仕事をする上でのモチベーションにつながっているからです。私も九州で定期的に勉強会をしていますし、九州の各県内での会員の交流も活発で、みんなの活躍に刺激されています。

今は、仕事をしていて面白いですね。 余裕ができたからかもわからないですし、スタッフが増えたのでそれも面白いかもしれないです。今は全員で11人います。人材育成は、最初はしんどいと思ったんですよ。今はしんどいこともありますし、嬉しいこともあります。

photo
事務所のメンバーと!

最近では、うちのスタッフが「お客様に月次の説明を、お金のブロックパズルを活用して説明し、お客さまも私も今後に視点を移すことができました」と報告してくれました。私一人でキャッシュフローコーチの在り方、やり方を拡げるのは限界がありますが、こうしてスタッフもその素晴らしさを感じて、実践してくれることに喜びを感じています。今、ちょうど事務所のクレドを作り終わりました。みんなが意見を出してくれたので、それは嬉しいですし、事務所で共通言語ができるのもいいですね。生岡さんのおかげですね。

何で独立したいかを明確にすること、そして自分サイズのアウトプットの愚直な実践

これから独立する人、キャッシュフローコーチとして一歩を踏みだそうとしている人に対して、メッセージをお願いします。

まず、何で独立したいか?でしょうね。最初は自分本位だと思います。組織が面白くないとか、金儲けとか、自分の時間を自由に使いたいっていうのがあるかもしれないけれども、時間もお金も自由に使えるとしたら、その先に何があるのか? やっぱり自分本位ではいけないんじゃないか? 最初は誰でも自分にベクトルが向くとは思います。私もそうだったかもしれない。でも、そのうち何か違うことが出てくるんでしょうね。

それと、相手がお客さんだろうが仲間だろうが、「相手より本気に考える」姿勢を持つこと、そして「気遣い」ですね。こうなると、もう能力じゃないですよね。本当にもうやるかやらないかです。特殊な能力がいるわけじゃない。それができれば、多分みんな自分がやりたいことにつき進めるんじゃないかと思います。

私の場合は独立して地元に帰ってきて、地元を元気にしたいって思いが強かったんです。そう考えるようになったのは、親父の影響です。親父はずっと地元のことを考えていました。私の故郷は佐伯市の大入島という島です。大入島と言う名前もいいので、親父は、漁がダメなら島をカジノにするとか、島に学校を作ろうかとか、島の活性化を常に考えていました。

私は小さい時、自分は漁師になるものだと思っていました。ところが、魚がとれなくなったので、漁師を継ぐな、となってしまったんです。佐伯にはずっと戻って来たかったので、何をしようかなと思っていたら、親戚の税理士事務所を継がないか?という話が出てきて、地元の税理士事務所に入りました。転職するときにも、「いずれ独立して地元に帰ります」と言って入り、2011年に独立して佐伯に戻りました。

photo
今後は、地域に対して
いい影響力を発揮していきたいです

私は「地元のために」という思いがすごく強いので、今後どこかに支店を出すことはあるかもしれませんが、佐伯を動くことはないです。今後は、地域に対していい影響力を発揮していきたいです。税理士って影響力があるので、うちのスタッフを地元の中小企業に送り込もうかとも思っています。そうするとその会社は間違いなく良くなるし、スタッフの給料も上がる。そうなれば地元も活性化すると思っています。できれば税理士事務所は人に任せて、私は漁師ができたら楽しいと思いますね。今年中には船の免許をとろうと思っています。将来は、会社を経営して漁師さんを束ねていきたいとも思っているんです。

とにかく、まずは一歩を踏み出して、自分サイズのアウトプットを愚直に実践していくこと。私の場合は、養成塾に入ることが最初の一歩でした。それまで九州から出たことがなかった私にとっては、本当に勇気ある行動でした。塾に入ったころには,遠藤先生には「清家氏はどうしたいの?」 和仁先生には「清家さんビジョンは?」と聞かれ続けた。 想いや熱意は言葉にしよう、アウトプットが先でインプットが後だ、と言われ続けた。でも私は、「できなかったらどうしよう」「目先の仕事が忙しいし」と、はじめはできない自分を正当化するための理由ばかり考えていた 。

でも愚直な実践を続けていくと、遠藤先生や和仁先生が引き上げてくれました。養成塾で学んだブロックパズル、ビジョナリーコーチング、キャッシュフロー計画表、安心安全ポジティブ、アクションプランといったことを愚直に実践し続けることで、お客様の本業に貢献できるようになりました。

キャッシュフローコーチになると、九州でファシリテーターをやりませんかという声を頂いた。私は「できるのかな」と、また出来ない理由を探していた。その時は、先輩ファシリテーターの石原さんや今仁さんが後押ししてくれ、九州の仲間が応援してくれました。スタッフの皆も共感してくれ、家族が支えてくれました。

photo
トランキーロ! あっせんなよ!!

自分サイズのアウトプットをし続けると、周りが自然と応援、協力してくれ、私自身も大きくなったのです。

だから,まずは一歩を踏み出してみましょう。まわりに引き上げてくれる人がいます。後押ししてくれる人がいます。応援してくれる人がいます。最初は小さな波紋かもしれませんが、アウトプットをし続けることで、大きくてたくさんの波紋が、地域や社会に影響力を与えると、私は信じています。

「トランキーロ! あっせんなよ!!」

あせる必要はないんです。
まず、最初の一歩を踏み出しましょう。きっと違う世界が待っています。そして次はあなたが影響力を発揮する側になりましょう。私もこれからまだまだ、自分サイズのアウトプットを続けていきます。

<取材・文> 神戸1期 西野 順子

top