社長のビジョンが正しく伝わっていないと会社に愛情があっても社員は不安を抱きやめていく
2018.08.01 執筆者:竹内 美紀あり方・ビジョナリープランお金のブロックパズルキャッシュフロー経営ビジョン
「こんなこと書くなんて許さん。やめてもらっても構わない」
ここは市のフードコレクションに選ばれ、ふるさと納税の商品にも選ばれる有数のケーキ屋さんです。
ジャムおじさんに似た風貌の社長さんは、おしゃべり好きの腕のいい「スポンジの匠」と呼ばれています。
このケーキ屋さんとの出逢いは、2年前のことでした。
会計はまさに、ドンブリ勘定。何にお金がかかっているのかがわからないという状態でした。
「もうどうしていいかわからない」ということでご相談に来られました。
ファイナンシャルプランナーの手法を用い、個人のお金の流れと事業のお金の流れを整理しながら問題解決に取り組みました。
しかし、さらなる課題解決には、別の手法が必要と感じキャッシュフローコーチングを導入することとしました。
ブロック図で、収支構造を整理し、何が問題なのかを明確にしました。お金が回らない原因は、借入金の返済の多さということが判明しました。まず、利益は出ていて本業は大まかには問題がないことをお伝えすると、社長から安心した雰囲気が伝わってきました。あと5年で借入金返済が落ち着くので、2020年には、お金が回りだすこともお伝えしました。
現在は、固定費の2か月分の現金を確保しながら、健全なる自転車操業中です。
課題としては、2点となります。
(1)売上が落ちる暑い時期をどのように乗り切るか。
(2)粗利率を上げられないか。
そんな時、長年働いてきた社員がフランスへ留学するために、退職することになりました。
今までなんとなく回ってきたことが、回らなくなる可能性が出てきます。
従業員の配置換えが必要となることが想定されました。そもそも、お店自体がどこに向かおうとしているのか、社員はどんな気持ちで働いているのか。
ビジョンを説明し方向性を明確にする必要を感じたことから、「幹部面談」と「社員面談」を実施することにしました。
そして、冒頭の言葉です。
「こんなこと書くなんて許さん。やめてもらっても構わない」
1. 社員の視点
立腹したご様子で差し出したのは、社員面談に向けてのアンケート用紙です。
私はキャッシュフローコーチとして、お金の流れの整理と社員とのコミュニケション作りを実施しています。
読まないという条件で回収をお願いしたつもりでしたが、うまく伝わらなかったようで、社長様自ら回収し一読しての冒頭の言葉でした。
(実は、黙って回収すると、心配過多になる可能性があるので、このことも想定しての収集方法ではありました。つまり、社員も読まれても構わない、それで関係が壊れることはない、と思ってのアンケート回答です。)
その内容は
「社長は、お店にくるお客様をつかまえてあれこれ、自慢話をしているが、迷惑なお客様もいると思う。手間がかかったケーキについて、『すごく大変でした』とお客様に押し付けがましく伝え怒ってしまった人もいるこんなことでは、お客様が減ってしまうのではないか」
「すぐ、おまけとして、クッキーとか配ってしまう。かえって損をしているのではないか」
といったものでした。
確かに実際に来店してみると、忙しい時はちょっと困るかな、というくらい話が長いことがあります。
社員の指摘している内容には思い当たる節がありました。
複数の社員が同じことを主張していたが、社長にはうまく伝えられないようでした。
社員は不満というよりは、お店を良くしたいという愛情をもっているが故の主張ということもよく伝わってきます。
2. 社長の視点
社長がお客様の不利益になることをするはずはありません。社長はどんな気持ちでお客様と接しているのか、なにを目指してそのような行動をとっているのか知りたいと強く思いました。
そして、それを社員に伝えられたら、このズレがなくなるのではないか、と考えしっかりと言語化してみようと思い立ちました。
「ビジョナリーマップの作成」です。
社長の行動で、社員が理解していないことは大きく2つあると考えています。
(1) 社長はなぜ、お客様に(長時間)話しかけるのか
(2) 社長はなぜ、お客様に無料でお菓子を配るのか
これらの社長の行動について本人やお客様に確認してみました。
一言でいうと
「お店の良さやお菓子の良さを、よりたくさんの方に知ってほしい」
という想いからの行動と言葉になります。
(1) 社長はなぜお客様に(長時間)話しかけるのか
① いつもと違う様子のお客様がいらっしゃると、
「何かあったのですか?」と社長。
「家族がちょっと・・・どうしていいかわからない・・・」とお客様が悩みを話しだします。
社長は、同じような経験をしたことがあることから、親身になって話を続けています。
そうこう長い時間話しているうちに、少し元気をとり戻し「お母さんにもお土産を買って帰ろう」「ご近所の友人にも」と買って帰るケーキの数が増えていることがあるそうです。
② 地元の生産物を使ってのケーキ作りやアレルギー対応ケーキについて、ダレカレなく社長は語りだします。
特にお客様がどんな風に喜んだかを熱く語ります。ケーキが食べられない子どもの誕生日「『初めて誕生日にケーキを食べられた!』と泣いて喜ぶんだよ」と。
そして、広告を出しているわけではないのに、遠方から注文が入ることが多々あります。
国産のこだわりの素材を使った商品であり、通常の素材のケーキを食べることが難しいアレルギーの方々にも知ってもらいたい、という想いが口コミで伝わったのでしょう。
(2) 社長はなぜ、お客様にただでお菓子を配るのか
まずは、感謝の心です。
「このお店に辿りつくまでに、いったいどれだけのケーキ屋さんを素通りしてきてくれたのか」
考えるだけで感謝の気持ちでいっぱいになるのだそうです。
私はこの言葉を聞いたときに、これまでのご苦労が思い浮かび、胸がいっぱいになりました。
① たまたま、私のお客様がケーキ屋さんの近くに住んでいて通りかかった時のこと。突然、社長が話しかけてきて、ホールのケーキをくれたそうです。
お客様はただただ、驚き嬉しく思い、それ以来、バースデーケーキは、そのお店以外では買わなくなったとお話してくれました。
そのことを社長に直接確認すると、「暗い顔をして歩いている人が気になって仕方がなかった。」「思わず、プレゼントしてしまった。その時の笑顔が忘れられない。」と話してくれました。
困っていたり、悲しい顔をしていると放っておけない、と。
② ロールケーキを購入したお客様のお話です。家に帰って箱を開くとその隙間を埋めるようにたくさんのケーキがいっぱい並んでいたそうです。どれも食べるとおいしくて、次回はその中のケーキを買って帰るようになりました。
③ バレンタインデーのプレゼントのチョコを選びにきた高校生へ、新商品のチーズドーナッツをプレゼント。
高校生がそれを口に入れた瞬間に店内に「キャーおいしい」と明るい声が響き渡ったそうです。
3. キャッシュフローコーチの視点
社長と奥さまに対し、「ビジョナリーコーチング」を実施し、図1のような「ビジョナリーマップ」を作り上げました。
すると、社長の行動に一貫性があることに気がつきました。
社長のミッション:おいしいお菓子で人の心を幸せにする
スピリッツカンパニー:甘いお菓子が幸せを運び、元気になれる寛ぎの空間を提供する
長時間話しかけるのも、すぐにお土産をプレゼントするのも、お客様を幸せにしたいという想いからであることが明確になりました。お店はただ、買い物をする場ではなく、「憩いの場」である。ここが社員と大きく異なる点です。
お土産の選び方についても、今日食べればおいしく食べられ、翌日だと味が落ちてしまう商品を選んでいることがわかりました。せっかく食べるならおいしい時に喜んで食べてもらいたいという気持ちと、原価意識という観点でも粗利率の高い物を選んでいるとのことでした。たとえば、5,000円のデコレーションを買ってくれたお客様へ原価30円~50円のお菓子をあげるということは商品の1%で広告をしていることになります。
また、チラシ配布などで、広範囲に実施するよりも、原価の金額でリピートの可能性の高い既存客へお土産を渡すことは、広告宣伝費としてリピート率を上げる効果が大きいことがわかりました。
チラシに割引券をつけて1,000枚配布しても、利用しての購入はほとんどなかったのですから。
つまり、売上を上げる方策(顧客数 × (顧客あたり購入)単価 × リピート率)のうち、長く話すことで、顧客あたりの購入単価をあげ、お土産を渡すことでリピート率を上げていることになります。
これらを社員に伝えるために「お金の授業」を実施することにしました。
4. お金の授業
社長、奥様、後継者候補、社員3人、パート3人にて、お金の授業を実施しました。
まず、社長のビジョナリーマップをホワイトボートに描きました。
そして、ブロックパズルで家計と会計の話を実施し、どうしたら自分の収入が増えるのか、どんな工夫をすれば売上が伸びるのかを理解していただきました。
変動費の話の中で、お菓子を配ることなど、前述の社長の行動について意見が出たので、社長の行動ひとつひとつをビジョナリーマップとブロック図との関係で話してみたところ、一貫性があることが伝わったようです。その基準で動けるのであれば、社員単独では今までできなかったお客様への声かけやお土産の配布も自己判断でも実施できると大きく頷いていました。
社長の行動をビジョナリープランに準えると、社員の心にしっくり落ちるようでした。
同時に課題解決のための、「利益倍増cf着眼点モデル」に基づき、ブレーンストーミングを実施しました。
思いもかけないアイデアができ、これについては別途集中して実施することとしました。
5. 今後のブロック図
借入金が激減する2020年に向けての予定とその先のビジョンをブロック図で数値化して明示し、その先にもお店が永続するために「今自分は何をすべきか」に目を向けるようにお伝えしました。
アンケートでは、「お店のことだけでなく、自分の将来に向けての話もきけた」とあり、見えない効果を感じました。
ビジョンとお金はビジネス(人生)の両輪。
・お金の流れがよくわからない
・社長(社員)が何を考えているのかわからない
この2つを調えることで、
全員のベクトルがビジョンに向かって動きだします。
そして、自分たちの人生も。
数字(お金)に夢や希望(ビジョン)をのせて、実現のお手伝いをしたい。
そのことを、実感したコーチングセッションでした。
以上