前年より昇給金額が少なくなることにスタッフの納得を得るには?“事前期待のマネジメント”が鍵!
2025.02.15 執筆者:和仁 達也キャッシュフローコーチキャッシュフロー経営前置きトーク着眼点
「スタッフの報酬を引き上げたい。でも、ここでボーナスを引き上げると
来年以降もずっとそれを期待されてしまい、既得権になるのが
怖い」という経営者は少なくありません。
それを打破する切り口を、歯科医院を事例に紹介します。
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ホワイト歯科の昇給を考える時期となり加藤院長は院長室で悩んでいた。
院長としてはスタッフの給料を、通常の賃金規定の水準以上の
ペースで引き上げてあげたいと思っていた。
その理由は、スタッフの成長と貢献に報いてあげたいと言う
思いとともに、歯科業界全体の給与水準が一般の民間企業よりも
低いと言う現状に強い問題意識を感じていたからだ。
世の中の流れで人件費上昇のムードがある中、
ただでさえ給与水準が低い歯科業界の基準に合わせていては、
新たなスタッフの採用が難しいだけでなく
既存スタッフのモチベーションも高まりにくいだろう。
そんな危機感から、これから数年にわたって本来の賃金規定以上の
昇給率で給料を引き上げたいと考えていた。
その一方で加藤院長には不安があった。
それは一度引き上がった給料は下げることが難しく、
人件費負担の増加が医院の経営を圧迫することへの不安だった。
また、仮にスタッフに「これは今だけの特別措置だから、
今後もこのペースで給料が増えるとは思わないように」などの
前置きをしたとしても、都合の悪いことは忘れ去られて、
後で昇給率が下がったときに前までの昇給率との落差で
モチベーションが下がるのではないかと言う不安があるからだ。
人は一度手にした権利は、それが既得権の如く
当たり前と無意識に捉えてしまいがち。
率が下がったとは言え、額は上がっているのに、
それで不満を持たれるとしたら、それは心外だ。
大幅な昇給をするか、それとも既得権になるリスクを避けて、
従来通りの昇給にとどめるか。
今月のキャッシュフローコーチの和仁との面談はそこをテーマに行った。
一通り事情を理解すると、キャッシュフローコーチは尋ねた。
「加藤院長は、今のところどのような前置きトークをして
昇給を行おうと思っていますか?」
加藤院長は答えた。
「そうですね、
『スタッフのみんなの成長と貢献に応えたいので、
本来の賃金規定のペースよりも今年は大きめの昇給を
したいと考えています。ただこれがずっとこのペースで
毎年続くとは思わないでください』
と言う感じでしょうか」
キャッシュフローコーチは黙って聞きながら問いかけた。
「なるほど。今、話してみてどんな感じですか?」
加藤院長はしばらくの沈黙の時に答えた。
「うーん。なんとなく言い訳っぽい感じがして、
ちょっとしっくりこないです。
それに、今みたいなことを言ったとしても、1年もすれば
忘れられているような気がして、なかなか行動が移しにくいんですよね」
キャッシュフローコーチはうなずいて答えた。
「言ったことが忘れられて既得権となってしまう不安、よくわかります。
今回のことで大切なキーワードは、
『事前期待のマネジメント』ではないかと思うんです。
事前にどんな期待を持たせるか(または、持たせないか)を
マネジメントするのです」
加藤院長が話の続きに注目しているのを確認して、
キャッシュフローコーチは続けた。
「例えば、こんな前置きトークはどうでしょうか。
『院長は、スタッフの成長と貢献に報いてあげたいという気持ちと、
歯科業界が他の一般企業の給与水準よりも低いことに対する
強い問題意識があり、それと同等以上に引き上げたいと言う
強い思いがある。
そこで今の賃金規定のペースではその水準にもっていくには
ものすごく長い時間がかかる。
だからこそ、これから数年かけて本来のペースよりも
高い昇給率で基本給の昇給をしていきたいと考えている。
もちろんこれを5年も10年も続けていたら
人件費負担が大きくなりすぎて医院の経営が成り立たなくなってしまう。
それは本末転倒ですよね。
歯科医院が倒産してしまったら元も子もないわけですから。
みんなで理想の医療を追求し価値を高めていく努力をしながら、
それにふさわしい給料やボーナスをみんなで受け取れる
そんな歯科医院にしていきたい。
そんな思いのもと、ひとまず今年はこの水準の昇給をすることに決めました。
さっきも言った通り、1人1人でのバランスを適正にしながらの判断なので
このペースが毎年続くとは思わないで欲しいのですが、
ひとまず今年はこのように判断しました。理解してもらえますか?』
と、このような話をしたとしたら、スタッフさんの反応はどうなるでしょうか?」
加藤院長は大きく頷きながら答えた。
「今のような話し方をすれば、きっとスタッフはわかってくれると思います。
一度上がった給料、そしてその昇給ペースが既得権のようになってしまう
のが私の不安でしたが、それはありえないと言うことを
『医院の永続が大前提だ』と言うことをちゃんと伝えることで
スタッフにも伝わると思います。
また、歯科医院の給与水準が低い事はみんなうすうす感じている
と思うので、そこを引き上げていきたいと言う私の思いも
きっと共感してもらえると思うんです。
今話していて思いましたが、思っている事は言葉にして
言わなければ伝わらないんだなと改めて実感しました」
キャッシュフローコーチは微笑みながら答えた。
「そうですよね!せっかく院長がスタッフの成長と貢献に
報いてあげたいという素晴らしい思いをお持ちなので、
それを照れずに伝えること。
そして一方では、それが当たり前と思われてもらうことへの不安
がある事も率直に伝えておくこと。
それによって、普通なら不安が先に来て行えないことも
実行する勇気が出るのではないでしょうか。
そして1年後の昇給のときには、その時の状況によって
今回伝えたことをもう一度丁寧に振り返りながら、
その時の判断でスタッフに説明すれば、
ボタンの掛け違いも予防できるのではないでしょうか」
自分の思いをきちんと伝える道筋が見えた加藤院長は、
具体的に誰にいくらの昇給をするかを考える心の整理がつき、
計画にとりかかった。
【今回のレッスン】
◎良いことをしたいのに不安が先に来て躊躇するときの鍵は、
事前期待のマネジメント。
「何を、どのように先に伝えておけば良いか?」を言語化してみる。
「さらに理解を深めたい人はこちらの記事もオススメ」
▶︎スタッフから昇給について尋ねられる前に昇給に対する考え方をスタッフと共有しておく。