スタッフから昇給について尋ねられる前に昇給に対する考え方をスタッフと共有しておく。
2020.09.02 執筆者:和仁 達也キャッシュフロー経営人件費伝え方歯科医院着眼点
順調に業績を伸ばし、スタッフを数十人と抱えるようになった時には、
最初に開業した時と違って、オペレーションだけではなく、
規則や制度などは変えていかなければいけない場合が多くなってきます。
特に、昇給など給与制度を明確に制度化していないケースも多く、
いきなりスタッフに聞かれると決まっていないとドキっとするものです。
とりわけ社員数が数十人規模の会社やクリニックにおいて、
スタッフから昇給について質問されると、「それは待遇に
不満があるからだ」と解釈しがちです。
が、本当にそうなのでしょうか?
そこで見落としがちな盲点に気づく事例ストーリーを
歯科医院を題材にしてご紹介します。
「あの院長、ちょっと聞いていいですか?」
帰り際、入社6年目になる衛生士の伊藤は、
ためらいがちに加藤院長に声をかけた。
「ウチって、昇給はないんですか?」
「え?あ、あぁ、それについては社労士の先生にも
確認した上で、改めてちゃんと返答するよ」
正直なところ、開業して7年目になるホワイト歯科では、
きちっとした体系的な昇給制度は存在していない。
開業してはじめのうちは、院長の判断でスタッフの能力が
上がった際に、4月に数千円の昇給をする者もいた。
しかし、基準がないと不公平が発生することに気づき、
3年目からは
「入社時の給料は●●円で、3年目までは一定額の昇給を
するが、それ以降は特に昇給はなし」
というスタイルでやってきた。
ただ、「どれだけ頑張っても給料が増えない」ようでは
モチベーションが上がらないし、院長としても
頑張ってくれたスタッフには還元したいという発想だった。
そこで、基本給は一定であってもそれ以外の収入源を
スタッフが自ら獲得できる仕組みをつくっていった。
たとえば、歯ブラシやフロスなどの物販売上を率先して
けん引する「物販促進担当」につく手当。
仕入先の見直しやまとめ買いなどの工夫で
材料費負担を軽減させる「材料費削減担当」につく手当。
患者さんに自費治療で得られる価値がちゃんと伝わる
「自費説明用のツール作成担当」につく手当
などのように、プロジェクト単位でつく手当がある。
これらは、医院の収入アップにつながった際に、
基準値を超えた粗利の一部を、臨時収入として
担当スタッフに支払う形にしている。
あるいは、勤務医をまとめる「副院長」や、
衛生士をまとめる「チーフ」などのように、
役職につく手当もある。
これは毎月固定の手当として支給している。
さらには、目標人数を超えた日に勤務していた人には、
「大入り袋」として、1日ごとに数百円のお小遣いが得られる。
・・・というように、ホワイト歯科ではいくつもの
収入アップのチャンスがある仕組みになっている。
「これだけもらっていて、まだ不満があるんですかねぇ・・・?」
加藤院長は不満顔で口をとがらせて、
キャッシュフローコーチの和仁にボヤいた。
「ミーティングの場でも、『当院では粗利からの分配で
人件費を確保している。収益と連動しているんだ』って
何度も伝えているのに、全然わかっていないみたいです。
権利ばかり主張するのはいかがなものかって思いますよ!?」
キャッシュフローコーチは院長の心情を汲み取りながら、言葉を返した。
「加藤院長のおっしゃること、よくわかりますよ。
というのも、全国の歯科医院を見渡しても、
ホワイト歯科くらい、スタッフにとって待遇の恵まれた
医院はなかなかありませんからね。
とは言え、スタッフは他の医院を知らないので、
得られている待遇を当り前みたいに錯覚してしまいがち
なんですね。まるで、既得権のように。
ただ、1つ思ったんですが、
そのスタッフは、不満や要求があって昇給のあるなしを
院長に尋ねてきたんじゃないのかも知れませんよ」
「え、どういう意味ですか?」
キャッシュフローコーチは続けた。
「単純に、当院の報酬の仕組みを把握できていない
ので、ちゃんと知りたかっただけかも知れません。
プロジェクトごとの手当や大入り袋など
断片的にいろいろな施策があるのは知っていても、
全体として表にして見せているわけではないし、
途中から入社したスタッフの中には全体像を
ちゃんと説明をされていない人もいるのではないでしょうか?」
その通りだった。
「だとすれば、昇給についての定義をここでスタッフと共に
再確認する機会かも知れません。
たとえば、次のような話をするんです。
『昇給には、2種類の考え方があります。
まず世間一般的に言われているのは”定期”昇給ですね。
これは、毎年自動的に給料が増える、という考え方です。
で、これは当院では『給料はあるレベルに到達した後は
基本的には固定で、“定期”昇給はない』スタンスです。
一方で、『各種プロジェクトを担当したり、
チーフなどの役職がついた場合、その手当がつくことで昇給できる』
スタンスです。これは、いわば”随時”昇給と言っていいものです。
つまり、昇給には”定期”昇給と”随時”昇給がある。
そして、当院は、何もしなくても自動的に給料が増える
”定期”昇給はないが、
自ら価値を発揮して勝ち取る”随時”昇給は存在する、
というのが、質問への答えになりますね』
とまあ、この伝え方で説明したら、
そのスタッフにわかってもらえそうですか?」
院長は深くうなずきながら、答えた。
「まさに、そういうことです!」
昇給という言葉をどういう意味でつかっているのか。
その定義をきちんと揃えること。
そして、すでに得られている権利と得られていない権利の
すべてをまな板の上に載せた上で、議論をすること。
それが、誤解を避けて納得感のある話し合いをするために大切なことだ。
納得顔の院長を見て、珈琲を一口すすると、
キャッシュフローコーチは念押しで一言、つけ加えた。
「あとは、改めて就業規則の記載もチェックして
おいてくださいね。そこに昇給について、
院長の今の考えとは異なる記載があると、
誤解を招きますからね。
あと、求人サイトなどに掲載しているメッセージも同様に、
“定期昇給あり”なんて書いてあると、
おかしな感じになりますからね。
一貫性を保っておくことをお忘れなく」
【今回のレッスン】
◎スタッフが昇給や給料体系について質問をしてきたときは、
①「それに不満があるから」なのか、
②「単純に知りたいから」なのか、
その意図をまずは知ろう。
◎ 定期昇給で自動的に給料が上がるのは、
右肩上がりの経済が前提である。
今の時代、あるいは今の医院の状況にあった給料の体系、
あるいは昇給の可能性について、医院としてのスタンスを明確にしよう。
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